I御霊神社(ごりょうじんじゃ)

<通称>御霊さん(ごりょうさん)
541 大阪府大阪市中央区淡路町4-4-3
旧摂津国 西成郡    
【祭神】津布良媛神 應神天皇 源正靈神 天照大神荒魂 津布良彦神
【例祭】1月1日 歳旦祭 1月10日 恵美須神社例祭 1月17日 御弓神事 6月8日 松ノ木神社例祭 10月16日 秋季大祭 10月17日 秋季大祭 12月7日 火焚祭

由緒

当神社は古来大阪市の船場、愛日、中之島、土佐堀、江戸堀、京町堀、靭、阿波堀、阿波座、薩摩堀及び立売堀、長堀の西部、南北堀江の西部等旧摂津国津村郷の産土神として、信仰の中心になっていました。
当神社の創立は、太古、大阪湾が深く入りこんで海辺はぬかるみ、芦荻が繁茂して圓江と云い円形の入江に創祀された圓神祠に始まり、嘉祥三年(八五〇)の「文徳実録」に八十嶋祭の祭場が圓江で、そこに創祀された圓神祠とされ、八五〇年頃の創建とされています。
ご神威高く、上古天皇御即位の大嘗祭につづく八十嶋祭に預かり給い、後に土地が次第に固成して村を形成し、その名も津村と転訛しました。
豊臣秀吉公の大阪居城と共に政治経済の中心地として発展し、諸大名が来集してその崇敬も厚く什器の寄進も相次ぎました。
中でも石州津和野藩主、亀井茲矩侯が邸地を割いて寄進されたので、文禄三年(一五九四)、 境内の小祠乾八幡宮と源正霊神とを本殿に合祀して圓江(現在の靭)から現在地に鎮座しました。(一九九四年が船場鎮座四百年にあたります。)
寛文年中、御霊神社と改称。元禄九年(一六九六)、 御霊大明神とご贈号、宝暦三年(一七五三) 九月、正一位の神階を授けられました。また伏見宮家より神輿修復のご寄進があり、幕府も城代巡見社として崇敬、明治六年(一八七三)、郷社に昇格し、商業金融の中心地の鎮守として商家の崇敬が厚く、お弓神事、火焚神事や夏祭のお旅所への神輿渡御列(明治までは淀屋橋から大川筋を下博労御旅所へ船渡御神幸)の華麗さは浪速名物の一つに数えられ現在に至っています。

http://kamnavi.jp/en/settu/goryou.htm