C神明神社

大阪市大正区鶴町2丁目

祭神
天照大神、八幡大神、春日大神

摂社 橘稲荷神社

由緒

 内平野町の神明宮の遷座したもの。内平野町へは元和二年(1616)に、山城洛西の西院から勧請された。『摂津志』には熊野王子社の第一王子である窪津王子祠とされているが、その場合には神明社勧請以前に祠が残っていたと言うこと。鶴町へは、大正十三年(1924)八月に遷座した。埋め立て地にも鎮守は必要だからだろう。

お姿

 鶴町中央公園の北側に南向きで鎮座、日中神明、照日神明と呼ばれたのはその南向きゆえである。
 鳥居をくぐるとすぐ東側に橘稲荷社が鎮座している。 また、摂社三座が並んだ祠も鎮座している。
 埋め立ての下町風の住宅地のよき鎮守のようだ。


http://kamnavi.jp/en/settu/turumati.htm

この碑は、たしか昭和60年頃?まで現・中央区内平野町2丁目にあったが、その土地の所有者の屋敷の庭に移建されたとかいう話をどこかで聞いた。ひどい事をするものだ。