G夕日神明宮→(合祀先)露天神社
大阪市北区曽根崎2-5-4
由緒
西天満の夕日神明宮を合祀している。従って、熊野王子社の第一王子である窪津王子を合祀しているかも知れない。夕日神明祠は義経の勧請と言う。難波神明宮とも呼ばれ、京都の松原、東山、加賀国の金澤、信濃国の安曇、出羽国の湯殿山神明宮と共に皇国七社神明宮の一である。
同時に浪速三神明の一の夕日神明(西向きだった)で、他に東向きの朝日神明(坂口王子)、南向きの日中神明(鶴町に遷座)がある。
太融寺と神明宮の門が二重になっていたと言う。足利氏の世に兵火に罹り、以後順次衰運に傾き、天保五年(1834)の火災で社殿等悉く烏有に帰し、爾後復興の機なく、名社も独立社たるを失ってしまった。
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